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大阪行岡医療大学の歴史沿革

理想的な医療は、医師と医療技術者との連携からうまれる。
教育を通して、医療の未来を追求し続けた3/4世紀。

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  • 接骨
  • 看護
  • 鍼灸
  • マッサージ
  • 衛生管理
  • レントゲン
  • 臨床検査
  • 歯科技工
  • 放射線
  • 整復
  • 理学療法

 

History of Yukioka School of Allied Health Professions

昭和7年11月
大阪接骨学校設立認可
昭和8年10月
大阪接骨学校開設
昭和9年10月
大阪接骨学校附属行岡外科病院開設
昭和16年2月
行岡外科病院附属関西看護婦学校開設
昭和23年7月
財団法人行岡保健衛生学園設立
大阪接骨学校を日本高等整復学校に改名
大阪鍼灸マッサージ学校開設
昭和24年2月
日本高等マッサージ学校に改名
昭和25年2月
大阪労働衛生管理者学校開設
昭和25年12月
行岡外科病院が、医療法人行岡医学研究会行岡病院となる
昭和26年4月
大日本レントゲン学校開設
昭和27年4月
関西看護婦学校が大阪准看護婦学校となる
昭和29年12月
財団法人行岡保健衛生学園が学校法人行岡保健衛生学園となる
昭和37年3月
大日本レントゲン学校が日本医学技術レントゲン学校となる
昭和38年4月
日本医学技術レントゲン学校に医学技術科(衛生検査)を増科
昭和40年4月
日本医学技術レントゲン学校が日本医学技術学校となり、
医学技術科を衛生検査科と改名し、なお歯科技工科を増科
昭和40年8月
日本医学技術学校へ、歯科衛生科を増科
昭和45年3月
日本医学技術学校へ、リハビリテーション科・高等看護科を増科
昭和45年9月
日本医学技術学校へ、放射線専攻科を増科
昭和46年3月
衛生検査科が臨床検査科となる
昭和46年8月
大阪准看護婦学校を、日本医学技術学校へ准看護科として増科
昭和51年10月
専修学校制度により、専門学校としての認可をうけ、
行岡医学技術専門学校に校名を変更
昭和63年4月
行岡医学技術専門学校より、近畿医療技術専門学校に
校名を変更(放射線科・臨床検査科)
平成5年4月
行岡整復専門学校 茨木校舎へ移転
行岡リハビリテーション専門学校に校名を変更
平成11年4月
行岡医学技術専門学校 看護第1学科を増科
平成12年3月
行岡医学技術専門学校 准看護科廃止
平成12年4月
行岡整復専門学校 整復科夜間課程増設
平成13年4月
行岡鍼灸専門学校 鍼灸科夜間課程増設
平成14年4月
行岡リハビリテーション専門学校 
理学療法学科夜間課程増設
平成16年3月
行岡医学技術専門学校 歯科技工科廃止
平成18年3月
近畿医療技術専門学校 臨床検査科夜間部廃止
平成19年3月
近畿医療技術専門学校 放射線科夜間部廃止
平成21年3月
行岡整復専門学校 整復科夜間部廃止
平成21年4月
行岡整復専門学校 本庄校舎へ移転
平成24年3月
行岡リハビリテーション専門学校 理学療法学科 夜間部廃止
行岡医学技術専門学校 看護第2学科 廃止
平成24年4月
大阪行岡医療大学 開設
平成27年8月
行岡医学技術専門学校新校舎竣工